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2026ボスニアヘルツェゴビナ訪問レポート
ボスニア・ヘルツェゴビナとの交換交流プログラムも、今回で4回目を迎えました。
今年度は、7月26日から8月5日まで本校の生徒がボスニア・ヘルツェゴビナを訪問し、現地の生徒たちと交流しました。
また、8月20日から8月29日までは、ボスニア・ヘルツェゴビナからの留学生を本校に迎え、交流を深めました。
今回は、現地の生徒たちとの交流や文化体験を通して、多くの学びを得た現地訪問の様子をご紹介します。
7月26日
今日はボスニア研修旅行初日でした。
朝は成田空港に7:55と早い時間の集合でしたが、20人誰1人遅れることなく無事に集合することができました。
保護者の方々から声援をもらいつついざ出発です!
出発直前には多くのメンバーが空港のラウンジにて最後の日本食を味わっていました。
成田空港からイスタンブール空港への最初のフライトは13時間と長時間でしたが、各々自分の時間を過ごし楽しくすごすことができました。
成田空港からイスタンブール空港行きの飛行機は遅れてはいたものの乗り継ぎに大きな支障は出ず、安心しました。
イスタンブール空港は移動しかできませんでしたがその大きさや人の多さにメンバー一同驚きました。
2つ目のフライトであるイスタンブール空港からサラエボ空港までは多くの生徒が疲れ切って寝ているようにみられました。
そして3時間ほど飛行機に乗った後、ついにボスニアヘルツェゴビナへ到着しました!
荷物を手分けして運んだあと、ゲートから出ると、そこにはずっと日本から連絡をとっていたボスニアのプロジェクトメンバーが本当に暖かく私たちを迎え入れてくれました。
特にメンバーそれぞれが私たちのウェルカムボードを作りペアだけでなく家族みんなが歓迎してくれたのが印象的です。
サラエボ空港でみんなで写真撮影後は、それぞれのペアの自宅へと向かいました。
私は15分ほど車に乗って自宅へと向かいましたが、夜遅い時間でもお店がやっていたり人が多かったのが印象的でした。
自宅へ到着後は軽食を作っていただき、ボスニアの伝統料理であるパイをいただきました。とても美味しかったです。
その後は日本からのお土産を渡しました。みんなとても喜んでくれて嬉しかったです。
シャワーを浴びて明日の準備をして今日の疲れをとります!
明日以降も楽しみです。
Today was our first day of our program. During our 13-hour flight, we watched movies, reviewed our schedules, and did our summer homework. Most of the members were nervous when gathering in Narita Airport. Some of us were going overseas for the first time, which made it extra special for us.
We had a layover at Istanbul airport. The atmosphere was great, but some of us were tired from the long flight.
After about 2 hours, we arrived at the airport in Sarajevo. We were all very excited. We collected our bags and headed to meet our partners. They welcomed us kindly, hugging each other. We also greeted their parents and siblings.
We took some group pictures inside and outside the airport. Then we said goodbye to the Japanese members and went home with our partners.
When I arrived at my partner’s house, they showed me my room, and gave me a quick tour of their house. I gave them some souvenirs from Japan, and they thankfully enjoyed matcha KitKats. My partner’s aunt and grandparents also welcomed me. Everyone was very friendly and welcoming. I was surprised that my host family treated me like a real family, because it was my first time visiting them.
We are all so excited to see new things in Bosnia and Herzegovina. We might face some difficulties throughout the program, but we are sure that we can overcome them.
7月27日
今日は私たちがボスニア・ヘルツェゴビナに来て2日目です。
まず最初に日本人だけで日本の大使公邸に訪問しに行きました。私たちは大使と直接話す機会を設けていただいたことについてとてもありがたく思っています。そこで私たちは大使に今この情勢の中での日本の在り方や戦争を起こさないためにどう過ごしていくべきかなど、さまざまな質問を投げかけて大使のお考えを聞きました。
それが終わった後、私たちはペアと合流して戦争子供博物館に行きました。戦争子供博物館では二つのグループに分かれて二つのアクティビティをしました。一つはグループの中で議論をしたり考えを話したりするクラス、もう一つはその博物館に展示されているものやその説明を読んで10個の質問に答えるクラスです。展示されている全てのものには一つ一つ説明が書いてあって、展示物のバックグラウンドがわかるようになっています。一見すると普通に売ってそうなカメラやぬいぐるみが壮絶なストーリーを持っていたりもします。このような生々しい記憶に触れて、戦争が本当に起こったのだと痛感し、ボスニアではそれは過去のことではなく今も人々の中から消えていないのだと実感しました。そして、この経験は決して忘れてはいけないものだと改めて思いました。
戦争子供博物館に行った後、私たちはロープウェイで山頂に行きました。ロープウェイから見る景色はまさに絶景で、私たちは写真を撮ったり景色を眺めたりなどして楽しく過ごしました。ロープウェイを降りて歩いて下って行くと、グラフィティで埋め尽くされた建造物が見えました。日本ではあまりグラフィティを見かけませんが、ボスニアでは至る所にグラフィティがあって、とてもアーティスティックです。
ロープウェイが終わると、私たちはお昼ご飯を食べに行きました。今日はボスニアの伝統料理の一つである”チェヴァピ”を食べました。チェヴァピとは、平たい半円のパンのようなものとミートボール、刻んだ玉ねぎを合わせたもので、シンプルな具材ですが、とても美味しいです。最初は食べ方が分からなくて焦りましたが、ペアの子が優しく教えてくれました。
私が特に印象に残っているのは、商店街の床に方位磁針のような模様が書いてある場所があるのですが、そこから見て右と左の町の様子が全然違くて、日本にはそのような場所は無いのでとても興味深かったです。
今日はボスニアの歴史について勉強したり、伝統料理を食べたりなど、ボスニアについてより詳しく知ることができて、とても有意義な一日でした。
7月28日
Today was our third day in Bosnia and Herzegovina, and today we went to the Tunnel of Hope, and had free time at Vrelo Bosne with our pairs.
At the Tunnel of Hope, we learned a lot about how and why the tunnel was made, and we had an opportunity to actually walk through the tunnel.
The tunnel was made during the aggression between Surpuska and Bosnia. Bosnia was surrounded by the Surpuska, and 329 grenades were being dropped daily, so to survive from this, Bosnian people dug a tunnel underground below the Sarajevo International Airport. At first, it was said by the specialists that it was impossible to make a tunnel, but the Bosnian people had hope, and were able to make the tunnel, 800 meters long and 1.6meters tall. From hearing this, I thought that having hope is important, and there is a big difference between when you have hope and when you don’t.
Inside the tunnel was cold and very low in height, and some had to bend down. The tunnel was used to transport food, and also to make a safe place for the people. When I actually saw and walked through the tunnel, there were a lot of things to think about, and it was a good experience for us to think about the struggles that Bosnian people went through during the aggression.
After going to the tunnel, we went to a park called Vrelo Bosne, and we had free time. Some of us went to a cafe in the park, and we ate traditional Bosnian sweets called Trileće and Tufahija. We also saw swans in the lake, and we walked through the water and had fun.
After that, we had lunch, and some of us ate chicken, some ate hamburgers, and the others ate pizza. We also celebrated Mr. Okajima’s Birthday, and we sang Happy Birthday in Bosnia.
After eating, we had free time with our pairs, and I went to the old town with a few of my friends and got some souvenirs. We went to a cafe there, and the view from the balcony was very beautiful. Then we went to a festival, and did trampolines and racing games.
Today, there was a lot to learn, and it was a very meaningful day. Making use of what we learned today, we hope that we can get a better understanding about the Srebrenica genocide, which will be the main topic for tomorrow.
7月29日
今日で、ボスニア・ヘルツェゴビナでの研修も4日目となり、私たちは本研修の根幹である平和学習の地、スレブレニツァを訪れました。スレブレニツァは「スレブレニツァの虐殺」が行われた場所です。私たちはそこで、犠牲となった人々のお墓や、惨劇の記憶を深く知ることができる博物館に行きました。
まず「スレブレニツァの虐殺」について簡単に説明します。これは、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中の1995年7月、ボスニア東部スレブレニツァで発生した、セルビア系勢力(南スラヴ系)によるボシュニャク人(イスラム系)に対する約8,000人の大量殺害事件です。第二次世界大戦後のヨーロッパにおいて、最悪のジェノサイド(集団殺害)とされています。
今回のコラムでは、歴史的な説明だけでなく、実際に現地を訪れた人にしか語れない「感じたことや考えたこと」を中心に書きたいと思います。英語での説明が多く、完璧に理解しきれなかった部分もありますが、だからこそ肌で感じたリアルな思いを伝えたいからです。
スレブレニツァへはバスで約3時間かけて向かいました。車窓から見える景色は、最初はオレンジ色の屋根をしたボスニア人の家が多く、ボスニアの国旗が掲げられているのが見えました。しかし1時間半ほど走ると、少し暗めの赤い屋根で四角い窓の家が増え、独特の緊張感が漂うエリアへと変わっていきました。そこではスルプスカ共和国の国旗が掲げられており、お互いのエリアでそれぞれの旗を掲げる姿に強い主張を感じました。今なお双方の間に残る緊張感を、身をもって実感した瞬間でした。
スレブレニツァに着くと、犠牲となった約8,000人もの名前と生年が刻まれた石碑やお墓が目に飛び込んできました。そこで僕たちは、9期生全体で1ヶ月ほどかけて折った折り鶴(1,600羽)を捧げ、「戦争は忘れた頃にやってくる」「平和の願いを引き継ぐ」という想いを伝えました。石碑に刻まれた名前を見ると、自分と同じ年齢の人、自分より小さな子ども、そして自分の祖父母と同じような年代の人まで、あらゆる世代の人が犠牲になっていました。未来ある若者の人生が突然奪われてしまう恐ろしさ、そして「この人たちは確かに生きていた」という現実を突きつけられ、人を殺すということへの強い嫌悪感を抱きました。雲ひとつない晴天の空の明るさが、かえってそこで起きた恐ろしい出来事を際立たせているように思えました。
その後、虐殺に関する説明を聞き、博物館の展示を見て僕が強く感じたのは、「知らなければ、また繰り返してしまう」ということです。正直なところ、僕はこのプロジェクトに関わるまでスレブレニツァの虐殺について知りませんでした。このコラムを読むまで知らなかった人も多いのではないでしょうか。もしこの惨劇を知らなければ、平和について深く考える機会すらないかもしれません。それはとても恐ろしいことです。
また、僕は「どちらか一方の民族が100%悪い」と決めつけるべきではないと考えています。セルビア人の中にも、当然引き金を弾きたくなかった人や、全く関係のない人もいたはずだからです。しかし、この虐殺の事実を知ったことで、私たちが無意識にセルビア人に対して偏見を持ってしまう危険性もあります。偏見が膨らむことこそが、互いの民族を傷つけ合う原因になるのだと感じました。
僕たちは、相手と違う考えを完全に理解し切る必要はないのかもしれません。相手の考えを100%受け入れるのは不可能だからです。だからといって、「相手の考えを否定してはいけない」のだと思います。今回のスレブレニツァ訪問は、僕に多くの価値観や気づきを与えてくれました。どうすれば平和が訪れるのか、どうすれば争いを無くせるのか。この問いを、僕はこれからも考え続けていきたいと思います。
7月30日
本日で研修は5日目となり、残り一週間。今朝は、挨拶を、教わったボスニア語で済ませたのち、長いようで短いようで、充実しているのに一瞬に感じるというこの感情について、メンバーたちと言葉を交わしました。
さて、本日は集合場所から早速発見がありました。水飲み場であるセビリという建造物が、サラエボ市内にあります。この建造物はトルコ式の木造の水飲み場で、18世紀に建てられたものとペアに教わりました。ただ、この場所は観光名所としてだけでなく、21世紀である現在に至っても生活に欠かせない現地民達の水汲み場としての役割を担い続けているようでした。若者や主婦、高齢者など老若男女がペットボトルに水を汲んだり手で掬って飲んだりする様子は、まさに、現地のシンボルというのに相応しいと感じました。また、このセビリの水を飲むと、再びサラエボ市に帰ってくることができるという迷信があるらしく、市民から愛されているこの地らしさも感じました。
また、このセビリがある広場の中には、この地でオスマン帝国の時代から銅が有名であり、ハンドメイドの銅細工品を販売しているお店を訪れました。銅細工を行っている職人の方からお話を伺ったところ、販売品の中には戦争で使用されていた銃弾を利用して作った製品がいくつかあるとのことでした。それにより、ネガティブな印象が残る銃弾等の戦争の遺産を製品にすることで、効果的にその負の遺産を活用することができるというふうにポジティブな方向に考えようとしている人もいるのだということを知りました。この国は戦争が起きてから30年という長く短い時を経ているからこそ、全員が同じように客観的視点あるいは主観的視点を持っていない、意見が分断されてきている期間なのだと思います。それは、実際にこの二項対立に参加している人々にしてみれば、不満や不安に溢れているかも知れませんが、この戦争においては第三者である自分からしてみれば国の未来の経由地点であり、変化の前兆のように感じます。この前兆を支持するという意味を込めて私は、銃弾を利用して作られたボールペンを購入しました。そしてその後、製法を学びました。その様子は、私の中で日本のガラス細工の光景を想起させました。今になって考えてみると、それは個人の持つ意思や思考を形として表現するとういう共通点からくるものであり、どちらもそれなりに長い歴史を持った伝統的な文化だからこそだと思います。私が日本の伝統工芸品を誇らしく思っているように、きっと彼らも我々日本人が銅細工を学んでいる時に鼻が高い思いをしているのだと考えると、全く異なる言語や文化、風貌だったとしても、結局は同じ人間であることを思い出させてくれました。
ところで、今日は3つの博物館及び展示館へ足を運びました。
1つ目はサラエボ事件博物館という場所で、日本でもメジャーな「サラエボ事件」に関する情報や当時使われていた物などが展示されていました。私はひとつひとつの展示品をペアの解説と共に理解しようと努めました。その中で少し面白く感じた点があります。それが、使用されていた武器についてです。展示されていた銃が2つおいてありましたが、片方は無地のもの、もう一方は模様が彫られていて華やかなものがありました。これについて質問したところ、模様がついている方がボスニアのもので、自国であることの主張になっているというふうに聞きました。その時私は、無意識ながらに国民性や特性というのは現れ、それは非常に見落としやすいが簡単なところにあるんだな、と思いました。私がこの国についてあらゆるプロジェクトを経て学ぶ中で、国民が持つ強い集団意識と愛国心を確認しました。例えば、私が質問をしたときに普段から先生やペアは多くの場合に、「ボスニア人は」のように主語を国全体の規模で答えます。これは自分がボスニア人であるという強い自認意識とそれを自信を持って答えることができるような愛国心を育むような教育がなされていることがあるのではないでしょうか。それを踏まえて、展示されている銃の説明をされ、敵味方を判断するために行ったという理由もあるとは思いますが、自分が所属しているコミュニティへの自信の表れであるというふうに捉えることもできるのでは無いかと考えています。そしてこれは、おそらく大半の日本人が聞いたことがあるであろう、「大和魂」という言葉に通ずる、近しいものを感じました。現在の日本ではあまり大和魂を強調して何かが行われる場面は減少していると思いますが、かつての日本は国の為に身を粉にして尽くし、国の為に命を賭すような強い精神論が唱えられていましたが、それは強い愛国心と日本人としての強い誇りが由来しているというように考えています。それは現在のボスニアと似ていると言えると、私は考えています。16歳の私が日本の何を語れる、とは思いますが。
2つ目はオリンピック博物館という場所へ訪問しました。主に、1984年にサラエボオリンピックが開催されたことに関する情報や資料が残っていました。国際平和の象徴であるオリンピックが開催されたことは、ボスニアにとって非常に誇らしく素晴らしいことであると感じているそうです。当時のオープニングセレモニーの様子の映像が残されており、それを観たペアがかっこいいと目を輝かせて見ていたのを覚えています。そして、私がこの博物館で最も印象が残っているのが、展示品の中に「三菱」と記されているものがあったことです。サラエボオリンピックがメインディッシュであるこの資料館でまさか日本語をみるとは思っておらず、非常に驚きました。そして、日本の製品が国際的な場で利用されているというこの状況を非常に嬉しく思うと同時に、日本の良さを改めて認識しました。そしね私の中で一つの疑問が浮かびました。日本では、何か物を買うときに製品の安全性や信頼度を計る上で日本産か否かがひとつの視点になっていると思いますが、それは日本の信頼が国民内で高まっている証拠であるのでは無いかということです。自国の製品だから大丈夫だという安心だというふうに考えていましたが、日本製だから安心だというふうに考えている可能性も考えられるというふうに思い、新たな疑問が生まれました。今後自分の中で時間をかけて、この疑問についてじっくり考えていくつもりです。ただ、一つ心残りといえば、ペアの子に全ての展示物について詳細に説明を受けてディスカッションしたことによってあまりたくさんの展示を見て回ることができませんでした。それが唯一の心残りです。
3つ目は、国立博物館です。この博物館は今までのプログラムとは異なり、自然や紀元前の歴史等の考古学などに関する博物館でした。この博物館は3つのセクションに分かれており、①考古学②自然科学③民俗学です。①の考古学では、考古学研究が進められる中でボスニアで発見された物質が展示されているブースがあり、本当にたくさんの種類がガラスのショーケースの中に置かれていました。日本とボスニアの関係性に関することではないのですが、すごく世界の面白さを実感しました。自分では気が付かないようなあらゆる研究や実験、社会を回すための仕事が役割分担して世界規模で動かされているがゆえに人類が発展していき、世界の核心的な部分に迫っていく姿に強い嬉しさと人間らしさを感じました。②の自然科学では、昔から現代までのボスニアに存在していたあらゆる生物の模型を見て、説明を聞きました。昔の生物などを想像した時に、マンモスやシカなどのような生物とニホンザルのようなものを思いつきましたが、この博物館で見たものは、当たり前ですが、日本では考えられなかったであろう生物がいました。例えば、強い皮膚を持っているトカゲやワニなどのような爬虫類などが展示されていて、想像つきませんでした。この時私は、自分の考えが今置かれている状況や環境はときに強い先入観を作り出すということを感じました。自分の中では「昔」と聞くと、十二単に身を包む白い顔の女性やさらに昔の狩猟時代を想像しますが、それは人によって異なる風景を想起させるのだと、実感しました。これは同じ人間でありながら、自分に馴染む知識や経験がそれほどまでに影響していることを指します。③の民俗学では、かつてのボスニアの人々の生活風景を見ることができる場所でした。伝統的な衣服や家具や食事風景を知ることができました。ただ、私は一つ疑問を感じました。机や椅子なるものがあったり、衣服の形は手足顔のところに穴があるものである、という、別の文化だったとしても共通している点があると気がつきました。それは、文化の起源的にそういうものが伝わっていっているのか、それとも人間の根底にある考えが存在しているのか、とても興味深い疑問を持つことができました。
本日は平和教育よりもボスニアという国そのものについて学び、考えさせられるタイミングが多かったように感じます。平和教育を受ける学生として、ボスニアと日本を繋ぐ親善大使として、この先のプログラムも自ら考え判断し、主体的に行動して役目を遂行していきたいと思っています。
Today was our fifth day in Bosnia and Herzegovina, and we spent our time in Sarajevo. We gathered at 11 o’clock, so each person spent their time in the morning with their pairs.
First, we went to the museum of world war 1. In this museum, there were a lot of things like weapons that were actually used in the war. Through these exhibits, we could learn about the basic information about world war 1, and by actually seeing these things, it supported our understanding more than just listening to the lecture.
World war 1 began after Archduke Franz Ferdinand was assassinated in Sarajevo, Bosnia, on June 28, 1914. This event triggered a series of alliances and declaration of war across Europe.The war involved many countries and introduced new weapons such as machine guns, tanks, and poison gas. It ended in 1918 with the Allied victory, leaving millions dead and reshaping the political map of Europe.
After the museum, we visited the souvenir store. In this shop, there were a lot of accessories that were made from copper and recycled weapons. The shop owner showed us how he creates the design for his products. He told us that almost all designs are hand made which take so much time and effort. We were impressed that he had carved the design of most of the products by himself. And after the workshop, we bought our souvenirs for our family and friends.
We spent 2 hours of free time with our partners, and ate our lunch at the nearby restaurant. We chose fish or chicken for our lunch. I ate chicken, and also ate other people’s leftovers. It was delicious.
After lunch, we walked around the streets to reach the Olympic museum. When we were walking, we saw red roses on the ground. I asked my partner about this and told me that this was designed for those who were shot and died in that location. I thought that we should respect them and watch out in order not to step on them.
When we reached the Olympic museum, we saw many medals and certifications that were exhibited. I like to watch sports, so it was interesting for me to look at these exhibits. And also, there was a lot of footage that included old records of Olympic Games. This made us feel that Bosnia was strongly involved with the history of the Olympic Games.
After that, we walked and went to a nearby shopping mall called SCC in order to meet with other Japanese members from Uji Ritsumeikan. They were smiling from the moment they saw us, so I suppose they were great people.
After that, we visited the national museum. The sections were divided in this museum. We learned about paleontology, evolution of the Earth and animals, and the ancient lifestyle in Bosnia. I was surprised with information that was the first time for me to hear. For example, dragonflies were bigger than dogs in the past due to the Earth’s condition. We were impressed with the process of Bosnia’s development, like making the art in order to express their lifestyle and emotion at that time.
Today, we gained a lot of precious information for the first time, and it was a very educational day. These learnings will support us to get a first step to connect Japan and Bosnia which is the main goal of this project.
7月31日
Today was the first day of our overnight trip to Mostar. I was really excited about the trip because Mostar was one of the places I had wanted to visit the most in Bosnia and Herzegovina.
On the way to Mostar, my partner was drinking coffee and told me about Bosnia’s coffee culture, which was influenced by the Ottoman Empire. I learned that Japan has a similar tradition of serving drinks to guests who visit our homes. In Japan, it is common to offer tea to visitors, while in Bosnia, coffee is often served instead. Coffee is not just a drink for Bosnians; the time they spend together while drinking coffee is also an important part of their culture and daily life.
I also saw vineyards along the way, and my buddy told me that the region is famous for its wine. It made sense to me because, during our stay in Bosnia, I had noticed how dry and sunny the climate was. However, after doing some research later, I learned that the tradition of winemaking in the region goes back to Roman times and was also influenced by the Christian tradition. It was interesting to realize that layers of history and culture can be seen even in something as simple as what people drink. The scenery along the way was also amazing, and I could not stop taking photos.
Before arriving in Mostar, we visited the Konjic Heritage Museum, located near the Neretva River and the famous Konjic Bridge. The exhibition included photographs and historical objects from the region. Our guide explained the history of Konjic and the importance of preserving its cultural heritage. I was especially interested in how the museum connects the history of the town with the traditions and everyday lives of the people who have lived there. The museum and its surroundings were also very calm and peaceful.
Next, we visited Muzej Drvorezbarstva, the Museum of Woodcarving, which showcases Konjic’s traditional woodcarving heritage. There was a room with around 200 names of woodcarvers, showing how the skills have been passed down through generations and have become an important tradition in Konjic. The wood was carved into beautiful and intricate designs, and the entire place had a warm and calming atmosphere. I found it fascinating that something that began as a traditional skill has been preserved and passed down for so many generations.
When we arrived in Mostar, it was extremely hot. However, most of us still felt that Tokyo was hotter because of the high humidity in Japan. As soon as we arrived, I was amazed by the famous Mostar Bridge. The history of the bridge was that it was destroyed during the conflict in the 1990s, but was later rebuilt with the help of the international community, using many of the original stones. Knowing the history behind the bridge made me see it differently. It was not simply a beautiful old bridge, but also a symbol of Mostar’s history, loss, and recovery.
The day we visited Mostar was also special because a diving competition was being held from the Mostar Bridge. The sun was very strong, but I really enjoyed watching the competition because it was an experience I could never have in Japan. I was also surprised to see athletes from outside Bosnia and Herzegovina participating. I felt that sports can be a great way to bring people together. The most exciting moment was when we were shown on the large screen! We had no idea who the athlete was, but we still cheered for him.
After that, we took a short walk and had some ice cream. It started melting almost as soon as we got it, but eating ice cream in the shade made us feel much better in the heat. We then went to our hotel, left our things there, and went to a restaurant for dinner. I also had the chance to see the bridge at night, and it was incredibly beautiful.
After dinner, we had some free time, so we went near the bridge again. It looked completely different from the afternoon, when there had been many people cheering and watching the diving competition. At night, the bridge was beautifully illuminated against the dark sky, creating a mysterious and peaceful atmosphere. We also went down to the river and touched the water. It felt very cold to me, but some of the people who live in Bosnia told us that they were used to the cold water. One of them even said that the ocean feels too warm for him! Since swimming in the ocean is generally more common than swimming in the river, I found this difference in how people experience the water really interesting.
That night, most of us stayed up late, talking about the past few days and realizing that we would be leaving Bosnia in only a few days. One of our members had a very large room with a balcony, so many of us gathered there, played card games, and called some of our friends to share the relaxing moment with them. The balcony had a beautiful view of the lights from the houses around us. It was completely different from the views I am used to seeing in Japan, and I really enjoyed it.
One moment that stayed with me was when one of our members said, “Even after all the conflicts that have happened here, this place is still so beautiful.” Looking at the many lights shining from the houses, I realized that each one represented a person and a family living their everyday lives. After learning so much about Bosnia’s history during this trip, seeing the peaceful night view of Mostar made the experience even more meaningful to me.
8月1日
本日で留学7日目を迎えました。気づけばボスニア・ヘルツェゴビナで過ごせる時間も残り5日となり、一日一日の大切さを改めて感じています。
今日はまずはじめに、クラヴィツァの滝を訪れました。滝では実際に泳ぐことができ、周囲には緑豊かな森林が広がっていました。水はエメラルドグリーンで、魚が泳いでいる姿も見ることができました。壮大な自然を目の前にした瞬間、その美しさに思わず言葉を失いました。日本にも美しい自然はありますが、ここでは自然の中に人々が溶け込み、日常の一部として楽しんでいる姿がとても印象的でした。自然と共に生きるということはこういうことなのだと感じました。
ここでは、ボスニア人と一緒にビーチバレーをしたり、泳いだりして過ごしました。ビーチバレーでは、全員で声を掛け合いながらラリーを続け、一つのボールをみんなでつなぐことに夢中になりました。言葉が全て通じなくても、一緒に笑い、一緒に楽しむことができ、自然と距離が縮まっていくのを感じました。
また、泳いでいる際に、私は泳ぎがあまり得意ではなく体勢を崩してしまいました。その時、初対面のボスニア人がすぐに駆け寄って助けてくれ、安心させるように優しく笑いかけてくれました。さらに、その後体調を崩してしまった時には、「Don’t worry.」と声を掛けながら水を買ってきてくれました。
文化や価値観が大きく異なることは事前に聞いていたため、ある程度の心構えをしてこの留学に臨みました。しかし実際に現地で過ごしてみると、先生から聞いていたイメージとは違う部分も多く、想定していたものとのギャップに戸惑い、正直どう受け止めればよいのか分からなくなる瞬間もありました。
ですが、そのような中で過ごすうちに、困っている人を見つけると自然に手を差し伸べる姿や、相手を気遣う行動を何気なく行うボスニアの人々の温かさに気づきました。周囲をよく見て、自分にできることを当たり前のように行動に移す姿勢はとても印象的で、最初に感じた戸惑いが少しずつ和らいでいきました。人それぞれ性格や考え方は異なりますが、その優しさは多くの人に共通しているように感じ、自分自身も見習いたいと思いました。
その後は、オスマン帝国時代の面影を残すポチテリを訪れました。石畳の道やモスクなど歴史ある街並みを歩いていると、何百年もの歴史が現在の人々の暮らしの中に自然と溶け込んでいることを感じました。
また、ガイドの方からイスラム教では一日に五回礼拝を行うことを教えていただいていました。実際に今日の朝はモスクから聞こえる礼拝を呼びかける音で目を覚ましました。
私はその音を聞いたことで、宗教が人々の生活の一部として根付いていることをより身近に感じることができました。日本では日常生活の中で宗教を意識する機会が少ないため、この経験を通して、文化や価値観の違いを知識としてではなく体験として学ぶことができました。
モスタルからサラエボへ戻る道中では、美しい景色がどこまでも続いていました。エメラルドグリーンの川や湖、その湖面に映る山々はまるで一枚の絵画のようで、思わず何度も写真を撮りました。しかし、どれだけ写真を撮っても、その美しさをそのまま残すことはできず、「この景色は実際に見なければ伝わらない」と何度も感じました。世界の絶景に選ばれている理由を、自分の目で見て初めて理解することができた気がします。
その一方で、道中には第二次世界大戦で破壊され、現在もそのまま残されている橋を見ることができました。美しい自然の中に、戦争の傷跡が静かに残されている光景はとても印象的でした。写真や映像で見るだけでは感じられない重みがあり、実際にその場に立ち、自分の目で見たからこそ、歴史をより身近なものとして受け止めることができました。現地を訪れることには、教科書では得られない学びがあることを改めて実感しました。
帰りのバスでは、ボスニアの生徒がスピーカーを持参し、もう一人が日本人の好きな曲を事前に聞いて準備してくれていました。ボスニアの曲ではリズムに合わせてみんなで盛り上がり、日本の曲では日本人も一緒に歌い、洋楽では全員で歌って踊りました。長時間の移動でしたが、バスの中はまるで一つのパーティーのような雰囲気でした。渋滞やコンサートの影響で約2時間バスが止まってしまいましたが、その時間さえも笑い合いながら過ごし、最後はみんな疲れて眠ってしまいました。このような移動時間まで全力で楽しむ姿は、日本では経験したことがなくとても楽しかった上に、文化の違いを体で感じられました。
バスが到着した後は、家が近い友人のお父さんが、私とペアを自宅まで送ってくださいました。お礼を伝えると、「ボスニアではこれが普通だよ。」と笑顔で話してくださいました。その何気ない一言からも、人とのつながりを大切にするボスニアの文化や、人のために自然と行動できる温かさを感じることができました。
残りの限りある時間を大切にし、ボスニアでしかできない経験を最後まで全力で楽しみ、多くのことを学びたいと思います。
8月2日
研修8日目、今日でボスニア・ヘルツェゴビナに来てからちょうど1週間が経ちました。
日本とは全く異なる人々や街並み、戦争や虐殺の跡にも触れ、日々新しい刺激をもらえる非常に有意義な時間を過ごしています。
本日はファミリーデイで、いつもメンバー40人で行動していましたが、今日はホストファミリーと行動する日でした。
私は今日ビヤンバレというボスニアで有名な洞窟を訪れました。
この洞窟は一万年以上前に生息していたクマの化石や、洞窟で暮らしていた先人の石器や跡などが発見された洞窟で、中はとても涼しく湿気があり、空気も澄んでいました。また、たくさんの鍾乳石があり、水が滴り落ちていたものもありました。ペアのお父さんは「この近くに家を建てれば、この洞窟を冷蔵庫として使っていつでもアイスクリームが食べれるね!」と言っていました。
その洞窟に行くまでの待ち時間に、ボスニアコーヒーにチャレンジしました。とても苦くてびっくりしました。その時ペアのお母さんが、角砂糖にコーヒーをつけて飲むことを教えてくれました。日本とは全く異なる苦さ、楽しみ方がとても衝撃的でしたが美味しかったです。
またインスタグラムの使い方をよくわかっていない私に、ペアの子が他のメンバーが過ごしている様子の写真などを見せてくれました。それぞれの家族で全然違う過ごし方をしていて、とても楽しそうでした。
洞窟を出た後、近くのレストランでお昼ご飯にランプ肉をご馳走してもらいました。ボスニアは山岳地帯なので、高品質な肉が手に入りやすいんだそうです。そのレストランで実際にお肉を回しながら焼いている様子を見ることができました。日本で食べるランプ肉とは少し違っていましたが、美味しかったです。
そこから家に帰り、私もペアも先日からの疲れで少し体調が優れなかったので、2時間ほど休みました。
その後は夕食の時間まで、プレイステーションで一緒にゲームをしました。うまく連携が取れなかったり、初めてするゲームだったこともあり、上手にプレイすることができませんでしたが、ペアの頭の良さや優しい性格などを垣間見ることができて、非常に楽しかったです。
夜ご飯は、サラエボの街が一望できる丘の上のレストランに連れて行ってもらいました。東京で見られる夜景とは少し違っていて、とてもきれいでした。そこで特別なバラを砂糖と水に漬け、日に当てて作るローズジュース、薄いパイ生地に具材を包んで渦巻き状に焼き上げる伝統的な料理ブレックなどを食べました。とても美味しかったです。
今日はボスニアの文化だけでなく、1日じっくりペアやペアの家族と向き合ったことで、ペアの人間性や、わざわざレストランを予約してくれたり、休日なのにも関わらず車を出して連れてってくれるなどホストファミリーの暖かさをより深く知ることができた日でした。ボスニアでの残り数日も、ペアと一緒に楽しんでいきたいです。
8月3日
今日はジャパンフェスタの日でした。
ジャパンフェスタとは、私たち日本人生徒がボスニアの人々に日本の文化を体験してもらうというイベントです。今回は例年とは異なり、サラエボ第3高校の生徒だけでなく、地域の方々や保護者の方々もお招きし、約50人の方に来校していただきました。
あやとり、水ヨーヨー、射的、けん玉、うちわに漢字を書いてプレゼントするブースなどに分かれ、参加者が自由に好きなところから体験できるようにしました。日本のお祭りの雰囲気を、そのまま体験してもらえるような形です。
私はその中で、あやとりの担当をしました。あやとりは日本語で説明するのも難しいのに、英語で説明しきれるのか、とても不安でした。そのため、日本にいる間から何度も練習を重ね、実演しながら説明できるように準備していました。いざ本番になると、予想していたよりもたくさんの人があやとりを体験しに来てくれました。来てくれた人たちは、全員諦めずに私の説明を聞きながら何度も挑戦してくれました。そして、できたときにはハイタッチをして一緒に喜ぶなど、一人一人のリアクションがとても大きく、ボスニアの人々の親しみやすさを強く感じました。
一通り全員がそれぞれのブースを回り終えると、スピーカーでボスニアの曲を流し、全員で輪になって歌ったり踊ったりしました。自然と全員が音楽に乗り、その場に一体感が生まれました。その瞬間、改めて音楽は国や言語の違いを越えて、人を盛り上げ、一つにつなげてくれるものなのだと感じました。そして、音楽が流れるとすぐに全員が楽しそうに踊り始める、ボスニアの人々のノリの良さも改めて実感しました。
また、この日の前日、私はペアの友人と挨拶をするためにカフェで会い、たくさん雑談をして仲を深めました。その際に今日のジャパンフェスタのことを伝え、ぜひ来てほしいと誘っていました。実際にその友人がジャパンフェスタに来てくれて、再会したときにハグをした瞬間は、なんだかとても嬉しい気持ちになりました。日本では、挨拶は握手や言葉だけで終わることが多いですが、ボスニアではハグをすることも挨拶の一つです。最初は少し緊張しましたが、普段なかなかすることがないからこそ、ハグという挨拶を通して、人と人との距離が近くなるような心地よさを感じました。文化の違いを実際に体験することで、ただ知識として知るだけでは分からないこともあるのだと気づきました。
ジャパンフェスタが終わった後は、ペアが通っている音楽学校の前まで一緒に移動し、案内してもらうことになりました。残念ながら、時間の都合で学校は閉まっていて、中に入ることはできませんでした。しかし、その音楽学校についての話を聞いていると、そこが彼女にとって本当にお気に入りの場所なのだということが伝わってきました。 そのとき、ペアから「あなたを私の一番好きな場所に連れてこられて嬉しい!」と言ってもらいました。その言葉を聞いて、私も彼女が日本に来てくれたときには、有名な観光地だけではなく、自分のお気に入りの場所にも連れて行きたいと思いました。そして、お互いの「好きな場所」を共有することで、一緒に幸せな思い出を作りたいと感じました。
その後は、複数のペアと合流し、夕日が見える山の上でピクニックをすることになりました。そこで全員で大きなピザをシェアして食べました。山の上からは、サラエボならではの赤レンガの家々が立ち並ぶ美しい景色を一望することができ、たくさんサラエボの景色を楽しみました。また、そこではペア以外のボスニア人生徒とも話すことができました。最初は少し緊張しましたが、自然と輪の中に入って楽しく雑談することができ、とても大切な時間になりました。
渡航まであと2日になりました。ボスニアにいると、時間の流れが長いように感じる一方で、振り返ってみると驚くほど早く過ぎているようにも感じます。 1日1日が貴重な経験ばかりで、毎日のように新しい発見があります。残り2日しかないと思うと少し寂しい気持ちもありますが、これからはもっともっとペアや、ペア以外のボスニア人生徒とも積極的に会話し、この機会を最後まで最大限に楽しみたいと思います。
Today is the eighth day in Bosnia, and whenever we check the calendar, we are surprised by the speed time flies.
Our main event was the Japan Festa. We gathered at the school in 10:00 meaning that they let us have a decent amount of time in the morning with our partners.
The first thing we did at the school was a brief school tour which was done by one of the Bosnian members. She showed us the gym, the chemistry lab, the physics classroom, and even the principal’s office.
After an hour, we started to get ready for the Japan Festa as there was only an hour left before it was held. During the preparation in the gym, we saw some Japanese without job playing table tennis with the Bosnian students. It seemed that they were having so much fun.
When the clock hit 12:00, about 40 people came to the first floor in order to listen to our presentation. It was a 1 hour presentation in total, and it looked very successful, as when I visited a presentation doing a Kahoot game, everyone was giving out their everything to be in the first place. Also, people with the high rank were showing joy, on the other hand, those in the lower ranks looked upset, yet also fun.
Then, the people headed downstairs in the gym to participate a festival we planned inspired by traditional Japanese festivals where you can play games. Every booth looked busy and popular, but the shooting game always had approximately 10 people waiting in a line. After the festival ended in 14:00, we had about half an hour of dancing and basketball as a small recreation before lunchtime. Every one of us danced like crazy when the Gangnam style was played. Especially, the Bosnian students started dancing earlier than the Japanese ones, and offered us to do the same as well. As everyone finished eating, those who brought their football jerseys changed their clothes and took a photo.
The Japan Festa was done, but it didn’t mean our day was done. After changing our clothes, half of us gathered on top of a hill to have a look of a great view of the sunset and Sarajevo’s famous pizza. We had our photos took by the waiter there but he also took his selfie and gave it to us. We still had some time after dinner, so we went to a bar-ish place to have a drink and chill out. I believe that this kind of experience is impossible in Japan, as people tend to hardly restrict their children from going outside late out in the night.
To sum up the day, we managed to successfully fulfill our mission to bring Japanese festivals into Bosnia, also having lots of fun.
8月4日
今日はヴィソコへ行ってボーイスカウトの活動に参加し、文部科学大臣の方にお会いしました。
ボーイスカウトとは野外活動やグループでの体験を通じて生きる力を育む活動です。他の国ではボーイスカウト、ガールスカウトとで男女で分かれて活動しているところもあるみたいですが、ボスニアでは男女ともに活動しているそうです。最初はラウネ地下迷宮という地下通路を通りました。ただの洞窟とは違い、細いトンネルの途中に小さな部屋のようなスペースがありそこから更に分岐してまた別のトンネルがsるというようなまさに名前の通り「迷宮」のような場所でした。その日は30℃超えの厳しい暑さだったのにも関わらず地下通路に入った瞬間一気に寒くなり、なにか上に羽織りたくなるくらい気温が異なりました。ガイドの方によると通路全体の温度は約13℃でかなり安定しているそうです。そしてこの通路は大昔に人間が作った地下施設だと考えられていて、実際には通路内には石を積んだ壁など人工物のようなものがそこら中にありました。またガイドの方の説明では「マイナスイオン」について説明していて、通路内は多くのマイナスイオンで溢れていてそれらは人間の体を癒す力があると仰っていました。科学的根拠はないとされていいるものの、通路内の空気はすごく澄んでいてとても心地よく感じました。通路の途中で大きな岩がありガイドの方によると触れることでなにかを感じられるみたいでしたが私は特になにも感じることができませんでした。またの機会に精神的に自分を磨き上げてもう一度出直したいと思います。
そして他には周辺の公園に行って様々なオブジェを見学しました。個人的には興味深いものばかりで、ピラミッドのオブジェと説明のスペースには世界各地のピラミッドまでの方向と距離を示した標識があったり、先人が作った人工セラミックがあり表面には渦巻きのような模様が施されていました。また太陽と左右に翼が生えているようなオブジェや目の彫刻などがありかなりスピリチュアル的なものを感じ惹かれるものがありました。ボーイスカウトの方に聞いてみると目はボスニアでは魔除けのような効果を発揮することで知られていて、オールド・タウンに行った際にも各所に目の飾りものや雑貨がありました。
そして通路と公園を散策した後は少し山道を登りました。登った先にはベンチと机がたくさん並んだスペースがあり、昼食をそこでとりました。
その後、寄付のための木を用いたアート作品を全員で作成しました。それぞれボスニアや日本の国旗や好きなものを描きながら、ボスニア人メンバーやボーイスカウトの方々と話し交流を深めました。
この日のプログラムが終了した後、私はペアにイエローバストンという日の入りを見ることができる場所に連れて行ってもらいました。坂の上にあって辿り着くまで大変でしたがとても綺麗な光景を見ることができました。ボスニアで過ごす最後の日、日の入りを見たのは綺麗という感動と同時にさみしさを感じさせました。最初こそペアとの会話がままならず悩むこともありましたがボスニアでの多くの経験を通してペアと心を通じ合わせることができました。ボスニアの自然はとても雄大で1日目の山登りも2日目の自然公園も自然をみんなで感じている瞬間は言語の壁を突破しいた感覚がありました。それほど美しく、人々の心を繋ぐ力を秘めていると感じました。
明日は遂に渡航です。お別れの準備をしなくてはなりません。
さびしくはなりますが、感謝を忘れず最後の夜ご飯をホストファミリーと楽しみたいと思います。
8月5日
ついにボスニア滞在最終日を迎えました。あっという間に10泊12日の旅が終わり、今日は日本へ帰る日です。長いように感じていた留学も、振り返ってみると本当に短く、一日一日がとても大切な時間だったと改めて感じました。
私は飛行機の中で寝たかったので、今日は一睡もせずに朝を迎えました。起きている間に、まずホストファミリーへの最後のプレゼントを準備しました。ホストファミリー全員の名前を漢字で考え、書道のような文字で書きました。日本語にはあまりない音に漢字を当てることは難しく、さらにその中から素敵な意味を持つ漢字を探すのにも時間がかかりました。普段当たり前のように使っている漢字ですが、外国人の名前に当てはめようとすると、日本語や漢字の持つ意味について改めて考えるきっかけにもなりました。
そのあとは、ホストファミリーに向けて手紙を書きました。10日間お世話になったことへの感謝の気持ちや、ボスニアに滞在したことで感じたことを、ボスニア語で伝えました。ラテン文字はアルファベットととても似ていますが、英語にはない文字の並びが多く、実際に書いてみると意外と難しいことがわかりました。それでも、自分の気持ちを少しでも相手の言葉で伝えたいと思い、時間をかけて書きました。
そして最後に、スケッチブックにボスニアの世界遺産であるモスタルと、日本の世界遺産である富士山の絵を描きました。漢字で書いた名前や手紙、絵をホストファミリーにプレゼントすると、みんなとても喜んでくれました。10日間お世話になった家族に、感謝の気持ちを自分なりの形にして伝えることができ、とても嬉しかったです。同時に、もうすぐこの家を離れるのだと思うと、帰ることが名残惜しくなりました。
空港にはボスニアの生徒たちとホストファザーが見送りに来てくれました。ホストファミリーとの別れが悲しくて泣いている人もいて、みんながこの10日間で、それぞれのホストファミリーと心に残る時間を過ごすことができたのだと感じました。私のホストファザーも目に涙を浮かべながら、笑顔で見送ってくれました。短い滞在だったにもかかわらず、私のことを大切に思ってくれていたことが伝わり、とても嬉しく思いました。これまでの生活の中で感じてきた、困っている人に自然に手を差し伸べる姿や、家族や友人とのつながりを大切にする姿勢を思い返し、ボスニアの人々の温かさを改めて実感しました。
ボスニアの生徒たちとは2週間後に日本でまた会うことになりますが、しばしの別れです。最後には全員で並び、それぞれの国らしい別れの挨拶を交わしました。寂しさを感じながらも、また日本で会えるという楽しみもあり、特別な時間になりました。
その後、1つ目のフライトを終え、イスタンブール空港で乗り換える際に45分ほどの自由時間がありました。トルコといえばケバブが有名だと聞いていたので、みんなで広い空港の中からお店を探して購入しました。イスタンブール空港は世界一物価が高い空港らしく、ケバブとフライドポテトだけで3000円ほどしたことには驚きました。私は人生で初めてケバブを食べたので、イスタンブールという場所で、大好きなみんなと初めてのケバブを食べたことも、旅の最後の思い出の一つになりました。
2つ目のフライトは東京行きの10時間のフライトだったので、長時間の移動に少し身構えていました。しかし、旅の疲れもあって7時間ほど眠ることができ、思っていたほど長く感じませんでした。
起きてからは、隣の席に座っていた方が「東京に住んでいるの?」と声をかけてくれました。その方はイタリア人で、旅行でしばらく東京に滞在するそうで、そこから日本についていろいろな話をしました。私も相手も英語が流暢ではなかったため、お互いに何を言っているのかわからなくなる瞬間もたくさんありました。それでも、ジェスチャーや知っている単語を使いながらなんとか自分の伝えたいことを伝え、短い時間でしたがとても仲良くなることができました。
このとき、私はボスニアに来る前と比べて、知らない人と話すことに対する抵抗が少なくなっていることに気づきました。言葉が完璧に通じなくても、相手に伝えようとすればコミュニケーションを取ることができる。ボスニアでたくさんの人と交流したことで身についたこの感覚を、ボスニアを出てすぐに実感することができました。今回の留学を通して、語学力だけではなく、人と関わることへの積極性も身につけることができたのだと思います。
また、ボスニアとイタリアは海を挟んで近い場所にあるため、私たちが平和学習のためにボスニアと交換留学をしていることや、この旅で学んだボスニア語についても話しました。すると、とても興味を持って聞いてくれ、私たちのプロジェクトの目的についても「とても大切なことだね」と賛同してくれました。
自分たちの活動に興味を持ってくれる人や、日本について知りたいと思ってくれる人が世界にはたくさんいることを嬉しく思いました。同時に、今回の旅で多くの人に優しくしてもらい、たくさんの人と出会うことができた自分は、周りの人に恵まれているのだと改めて感じました。
そして、2週間後には今度は私たちがボスニアの生徒たちを日本に迎えることになります。今回の留学では、ボスニアの人々からたくさんの温かさをもらい、多くのことを学びました。今度は私たちが日本の文化や魅力を伝え、ボスニアの生徒たちにも日本で素敵な思い出を作ってもらえるようにしたいです。まだまだ忙しい夏休みになりそうですが、今回の経験を生かしながらしっかりと準備をして、日本での交流も悔いのないものにしたいと思います。






